ぐるぐる飜譯

しろうと翻訳者の理解と誤解、あるいは無知無理解

O・ヘンリー「運命の衝撃」(THE SHOCKS OF DOOM) 翻訳中(07)

公開版:運命の衝撃  : 11005m

 

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Vallance led his companion up almost deserted Fifth Avenue, and then westward along the Thirties toward Broadway. "Wait here a few minutes," he said, leaving Ide in a quiet and shadowed spot. He entered a familiar hotel, and strolled toward the bar quite in his old assured way.

ヴァランスは相棒を連れて人通りもほとんどない五番街を行き、三十何丁目かのところで西に曲がってブロードウェイに向かった。「数分ここで待ってるんだ」と、彼はそう言ってアイドを静かな暗がりに残した。彼は馴染みのホテルに入ると、まるで昨日までと変わらない態度でバーに立ち寄った。

"There's a poor devil outside, Jimmy," he said to the bartender, "who says he's hungry and looks it. You know what they do when you give them money. Fix up a sandwich or two for him; and I'll see that he doesn't throw it away."

「外に気の毒なやつがいるんだよ、ジミー」彼はバーテンダーに言った。「腹が減ってると言うし、たしかにそんな感じでね。といって金を恵んでもどうなるかわかりゃしない。サンドイッチを一つか二つ作ってやってくれないか。無駄にはさせないよ」

訳者の理解(もしくは無知無理解):先だって述べたように、自分が得るはずだったものを掠め取っていく男に対する主人公の親切が妙に光るシーンである。逆に言うと真実味がないというかいかにも作り物っぽいというか。まあとにかく欧米の作劇が好む、ホントはお金ないんだけど、見た目を取り繕って堂々とした態度で切り抜ける、みたいなスマートさなわけである。

 

"Certainly, Mr. Vallance," said the bartender. "They ain't all fakes. Don't like to see anybody go hungry."

「よろしいですとも、ヴァランスさん」バーテンダーは言った。「そういう連中がみんな嘘つきってことはないでしょう。誰かが腹をすかせているのを見てるのはいい気分じゃないですからね」

訳者の理解(もしくは無知無理解):ヴァランスに対するバーテンダーの態度も実に寛大なものだ。カネを恵めば酒か何かになってしまうかもしれないが、飢えた者に施しを与える機会があるのならそれは当然なすべきこと、というのはキリスト教的な良心の発露かもしれない。あるいはバーテンは後日の謝礼を期待したのだろうか?

実はバーテンはすでにヴァランスの零落の噂を耳にしているかもしれない、と考えたりするのも面白い。とにかくこの一幕の限りではチップのやり取りすらもない(ヴァランスは完全に無一文)、善意だけのやりとりにさわやかさを感じる。

 

He folded a liberal supply of the free lunch into a napkin. Vallance went with it and joined his companion. Ide pounced upon the food ravenously. "I haven't had any free lunch as good as this in a year," he said. "Aren't you going to eat any, Dawson?

彼は十分なほどの無料のランチをナプキンに包んだ。ヴァランスはそれを持って相棒のもとに戻った。アイドは食べ物に猛然と飛びついた。「こんなにうまいものを恵んでもらったってのは、今年は初めてだな」彼は言った。「食べないのかね、ドウスン?」

"I'm not hungry—thanks," said Vallance.

「腹は減ってないからね――気にするなよ」ヴァランスは言った。

訳者の理解(もしくは無知無理解):「腹は減ってないよ、ありがとう」でもいいんだけど、ちょっと変化球。

 

"We'll go back to the Square," said Ide. "The cops won't bother us there. I'll roll up the rest of this ham and stuff for our breakfast. I won't eat any more; I'm afraid I'll get sick. Suppose I'd die of cramps or something to-night, and never get to touch that money again! It's eleven hours yet till time to see that lawyer. You won't leave me, will you, Dawson? I'm afraid something might happen. You haven't any place to go, have you?"

「よし、公園に戻ろうぜ」アイドが言った。あそこなら警官も絡んでこないし。このハムやら残りは包んでおいて朝めしにしようぜ。俺もこれ以上は食えないし、腹を壊すなんてことになったらかなわないからな。もし今夜腹痛とか何かで死んで、またも金に手を付けられねえなんてことになったらことだ! 弁護士に会うにはまだ十一時間もある。俺と一緒にいてくれるだろ、ドウスン? 他にもなにか起きるかもしれん。お前さん他に行くところはないんだよな?」

あんなに気弱だったわりには、なんの遠慮もなく猛然とほとんど食べつくしたらしいアイド。申し訳程度にハムやらなんやら(stuff)を自分たち(us)の朝食に残すとは言っているが、こういう厚かましくて配慮の効かないところ廃嫡の理由を見いだせなくもないか?

 

"No," said Vallance, "nowhere to-night. I'll have a bench with you."

「ないよ」ヴァランスは言った。「今夜はどこにも行かない。君と一緒にベンチにいるよ」

"You take it cool," said Ide, "if you've told it to me straight. I should think a man put on the bum from a good job just in one day would be tearing his hair."

「お前さんずいぶん落ち着いてるな」アイドが言った。「さっき言ってたのは本当なのかね。いい仕事をしてたのがいきなりで駄目になったってんなら髪をかきむしったりしそうなものだが」

 

"I believe I've already remarked," said Vallance, laughing, "that I would have thought that a man who was expecting to come into a fortune on the next day would be feeling pretty easy and quiet."

「たしかさっきも指摘したはずだが」ヴァランスは笑いながら言った。「次の日にとてつもない財産が手に入るというような人間なら、すっかり心穏やかになって悠然としているんじゃないかな」

"It's funny business," philosophized Ide, "about the way people take things, anyhow. Here's your bench, Dawson, right next to mine. The light don't shine in your eyes here. Say, Dawson, I'll get the old man to give you a letter to somebody about a job when I get back home. You've helped me a lot to-night. I don't believe I could have gone through the night if I hadn't struck you."

「おかしなこともあるもんだ」アイドは悟りすまして、「人間ってのは、とにかくそんなもんなんだな。これがお前さんのベンチだ、ドウスン。すぐ隣が俺。ここなら灯りもまぶしくないぜ。なあドウスン、俺が家に戻ったら、じいさんから誰かに仕事の紹介状を書かせるよ。今夜はずいぶん世話になったからさ。もしお前さんに会えなかったら、この夜をやり過ごせなかったと思うんだ」

"Thank you," said Vallance. "Do you lie down or sit up on these when you sleep?"

「ありがとう」ヴァランスは言った。「眠るときは横になるのかな、それとも腰掛けたまま?」

 

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