ぐるぐる飜譯

しろうと翻訳者の理解と誤解、あるいは無知無理解

O・ヘンリー「二十年後」(AFTER TWENTY YEARS)翻訳

O・ヘンリーの「二十年後」(AFTER TWENTY YEARS)を翻訳した。

 

前回の「運命の衝撃」は、あまりの猛暑による中断もあって時間がかかったが、それに比べ今回は子供のころから読んだ馴染みのある内容、しかもかなり短いので(道徳の教科書かなにかにまるごと収録していたような?)、逐語訳におよそ2日(7~8時間)。その後、ブログに投稿して十数回読み返し細かく修正。とりあえずの総作業時間は10時間程度。

 

しかしそのあと、いまこうして翻訳の意図を書き出してみたら、そっちのほうがけっこう時間かかっている…

 

文章を整えて投稿済み:二十年後 : 11005m

 

以下本文と訳、翻訳の意図など

The policeman on the beat moved up the avenue impressively. The impressiveness was habitual and not for show, for spectators were few. The time was barely 10 o'clock at night, but chilly gusts of wind with a taste of rain in them had well nigh de-peopled the streets.

訳:警官が堂々とした態度で大通りを歩いていた。観衆もろくにないので、その姿を見せつけようというよりは単なる習慣である。時刻はようやく夜の十時になろうかという頃合いだが、雨まじりの冷ややかな風が吹くなかで道行く人はほとんど絶えていた。

訳の意図:警官の態度 impressively を「偉ぶって」とするようなニュアンスの訳もあったが、物語の結末で判明する警官の正体も鑑み、「観客のいない舞台でも手を抜かず演技する俳優のごとき几帳面さ」的なニュアンスで

Trying doors as he went, twirling his club with many intricate and artful movements, turning now and then to cast his watchful eye adown the pacific thoroughfare, the officer, with his stalwart form and slight swagger, made a fine picture of a guardian of the peace. The vicinity was one that kept early hours. Now and then you might see the lights of a cigar store or of an all-night lunch counter; but the majority of the doors belonged to business places that had long since been closed.

訳:道すがら戸締まりを調べ、警棒をいろいろ巧みに回し、静まりかえった通りに目を配る――がっしりした体格で少しばかり偉そうに歩くこの警官は、平和の守護者を体現しているかのようだ。このあたりは店じまいの早い地域である。煙草屋や終夜営業の食堂の灯りも見えるが、たいがいは事務所の戸口なので、すでに閉まっていた。

訳の意図:Trying doors as he went, ~ から始まる一文目がコンマで区切られてやたら長く続く。ここは苦渋だが途中で「――(ダッシュ)」を使い、「警官の様子の描写」と「その姿はまるで平和の守護者」という文の意味合いでもって区切りを入れた

When about midway of a certain block the policeman suddenly slowed his walk. In the doorway of a darkened hardware store a man leaned, with an unlighted cigar in his mouth. As the policeman walked up to him the man spoke up quickly.

訳:とある地区を中ほどまで来て、警官はふいに歩調を遅めた。店じまいした金物屋の戸口に、火の灯っていない葉巻を咥えた男が寄りかかっていた。警官が近づいていくと、男は機先を制して話しかけた。

訳の意図:spoke up quickly. 本来は「すばやく話し始めた」というところか。職務質問されそうと思ったのであろう男が先手をうったということで意訳

"It's all right, officer," he said, reassuringly. "I'm just waiting for a friend. It's an appointment made twenty years ago. Sounds a little funny to you, doesn't it? Well, I'll explain if you'd like to make certain it's all straight. About that long ago there used to be a restaurant where this store stands—'Big Joe' Brady's restaurant."

訳:「なんでもないよ、お巡りさん」彼は不審を解こうというように言った。「ちょっと人待ちなんだ。二十年前にした約束だが。なんて言ったらちょっとおかしく聞こえるだろうね? よし、すっかりわかるように話しちまおうか。ずいぶん昔のことだが、この店が建ってるところは食堂だったんだ――“ビッグ・ジョー” ブレイディズ・レストラン」

訳の意図:reassuringly は「安心して」 「安心させようというように言う」→「不審を解こうというように言う」という意訳

"Until five years ago," said the policeman. "It was torn down then."

訳:「五年前までね」警官が言った。「取り壊されてしまったよ」

訳の意図:「五年前まで(はあった)。そのとき取り壊された」 untilとthenの組み合わせのニュアンスを訳しきれずこんな感じに(しかもsomeone saidで分割されている)。まあ口語だからこれでよかろう

The man in the doorway struck a match and lit his cigar. The light showed a pale, square-jawed face with keen eyes, and a little white scar near his right eyebrow. His scarfpin was a large diamond, oddly set.

訳:戸口にいた男はマッチを擦って葉巻に火を灯した。その明かりで、青白い肌と、四角い顎と鋭い目、それに右眉の近くについた小さな白い傷痕が見えた。彼のネクタイピンには大きなダイヤモンドが奇妙な具合に嵌め込まれていた。

しろうと翻訳者からひとこと:oddly set ってなんやねん

"Twenty years ago to-night," said the man, "I dined here at 'Big Joe' Brady's with Jimmy Wells, my best chum, and the finest chap in the world. He and I were raised here in New York, just like two brothers, together. I was eighteen and Jimmy was twenty. The next morning I was to start for the West to make my fortune. You couldn't have dragged Jimmy out of New York; he thought it was the only place on earth. Well, we agreed that night that we would meet here again exactly twenty years from that date and time, no matter what our conditions might be or from what distance we might have to come. We figured that in twenty years each of us ought to have our destiny worked out and our fortunes made, whatever they were going to be."

訳:「二十年前の今夜」男は言った。「俺は“ビッグ・ジョー” ブレイディズで、俺の一番のダチ、世界で一番いいやつだったジミー・ウェルズと夕飯を食ったんだ。あいつと俺はこのニューヨークで兄弟みたいにして育った仲でね。俺が十八、あいつは二十(はたち)。次の日の朝に俺は一旗揚げるため西部に行くことになってたんだ。だがジミーをニューヨークから引っ張り出そうなんてことはできないからさ;なんせ地球上でここだけが唯一の居場所って思い込んでたからね。それでその晩に約束したんだ、きっかり二十年後のこの日この時間にここでまた会おう、どんな立場になってようと、どれだけ遠くから来ることになろうとも。二十年もすれば、どういうふうになっているにせよ、お互いの運命も決まって財産もできているだろうからってな」

訳の意図:「俺は一旗揚げようと西部に行くことになってた。(それほどの仲なら一緒に行きたいところだが、そうはいかない。俺はもちろん)あんた(たちのだれも)がジミーをニューヨークから引っ張り出そうなんてことはできなかった。あいつは地球上でここだけが唯一の居場所って考えだったから」…そのままだとどうしても文のつながりが苦しいので意味を補う。後述するがセミコロンはそのまま

"It sounds pretty interesting," said the policeman. "Rather a long time between meets, though, it seems to me. Haven't you heard from your friend since you left?"

訳:「惹かれる話だね」と、警官が言った。「再会までずいぶん間を空けすぎてしまったようにも思えるが。ここを発ってから友達の便りはなかったのかい?」

訳の意図:It sounds pretty interesting 「面白い/興味深い」を「惹かれる」とした。ここでこの警官のinterestingを「興味深い」にすると、すこし他人事すぎるような?(この時点で警官は内心でかなり逡巡しているはずだ。逮捕するか、名乗り出るか、ことによると見逃すか…)

"Well, yes, for a time we corresponded," said the other. "But after a year or two we lost track of each other. You see, the West is a pretty big proposition, and I kept hustling around over it pretty lively. But I know Jimmy will meet me here if he's alive, for he always was the truest, stanchest old chap in the world. He'll never forget. I came a thousand miles to stand in this door to-night, and it's worth it if my old partner turns up."

訳:「ああ、そうだな、しばらくの間やりとりもあったよ」と相手が言った。「でも一、二年たつうちおたがい連絡が取れなくなってね。なにしろ西部は広いし、俺はあちこちいそがしく飛び回っていたから。でも生きてさえいれば、ジミーが俺に会いに来てくれることはわかりきってるからさ、いつだってまっすぐで信頼できるやつだった。あいつは忘れたりしないよ。俺は今夜この戸口に立つのに一千マイルの彼方から来たけど、昔なじみが来てくれるだけで十分報われるってもんだ」

しろうと翻訳者からひとこと:「一千マイルの“彼方”から来た」とまでは書いてないけどまあええやろ

The waiting man pulled out a handsome watch, the lids of it set with small diamonds.

人待ちの男が立派な懐中時計を取り出すと、蓋には小さなダイヤモンドが散りばめられていた。

しろうと翻訳者からひとこと:a handsome watch 「ハンサム」は人だけではないとは聞くが、実際あまりお目にかかった記憶がなかったょ

"Three minutes to ten," he announced. "It was exactly ten o'clock when we parted here at the restaurant door."

「あと三分で十時」と、彼は告げるように言った。「俺たちがレストランの入り口で別れたのは、ちょうど十時だった」

訳の意図:he announced. 「彼はアナウンスした(告げた)」 警官にも聞かせる意味合いもあってannounceなのだろうか、でも、20年心の片隅に止めておいた約束が終わりに近づいているという感慨を含んだひとりごと感もほしい。なので最初「つぶやいた」というかなり強い意訳にしたが、結局「告げるように言った」に留めた

"Did pretty well out West, didn't you?" asked the policeman.

訳:「西部ではずいぶんうまくやっていたんだね、違うかい?」警官が尋ねた。

しろうと翻訳者の脱線:ところでプロの翻訳読本では、こういうのを律儀に疑問形にしたりするのは悪手、みたいなことが書いてある。それにいちいち「!」や「?」を訳さんでよい、とも。didn't you? はそうした視点で言えば訳さないでもいい箇所だろう。しかし僕はプロではないし、翻訳の評判を気にする立場でもない

例えばWhy don't you join us? は、機械訳すれば「なぜ我々の仲間にならないのか?」になるが、英語国民は、そうではなく無意識的に「一緒にやろうよ」、それに対する回答のWhy not!は「もちろん」という意味合いで使っている。日本語の「ありがとう」を It's so rare (とてもめずらしい)などと英訳したりしないし、日本人もそこまで(まれなことである)の意図でもって発しているわけではないのと同じことだ

夏目漱石がI love youを「月が綺麗ですね」と教えた~~みたいな都市伝説があるが、アメリカ人が「月が綺麗ですね」というときは(だいたいは)実際に月が綺麗なのであって、英語に"I love you"という異性への好意の表明があったとして、それを「月が綺麗ですね」にしてしまっては、そこで描かれる奥ゆかしげというか回りくどい人は一体どこのどなただということになりかねないということを感じなくもない。黒岩涙香訳の『巌窟王』で登場人物の名前が日本人名に変えられてるみたいなのとは違った意味での文化の誤解が生じてしまうような

日本は「ほぼ誰しもが多少英語の素養を持ち、生活も欧米化しているが、しかしどこまでいっても非印欧語圏話者」の国であり、そういう国向けの訳として、ある程度「文化の違い」を文章に残しておきたい(なので、日本語ではふつう使わないコロンやセミコロンも残しているのである)。差異の尖った部分が読者を引っ掻くかもしれないが、その違和感があるのが僕の翻訳、ということで(とはいえ、「私は言った~」「彼は言った~」みたいなのが続く翻訳調の違和感もそのままでいい、と考えているわけでもないので、あまり固執するのもよくないが……)

"You bet! I hope Jimmy has done half as well. He was a kind of plodder, though, good fellow as he was. I've had to compete with some of the sharpest wits going to get my pile. A man gets in a groove in New York. It takes the West to put a razor-edge on him."

訳:「お見立てどおりだよ! ジミーが俺の半分もうまくやってりゃいいんだけどな。あいつはいいやつだが、なにせのんびり屋だからね。俺はといえば、俺の稼ぎを横取りしてこうってな狡賢い連中とやりあってたもんさ。ニューヨークじゃ人間は型にはめられるだけだね。剃刀を当てるなら西部にかぎる」

翻訳の意図:前段の続きになるが、You bet!「あなたは賭けた」…と訳したりは、もちろんしない。でもセオリー通り「もちろん」「そのとおり」とするのはつまらない

前段の警官のセリフは、西部に一旗揚げに行ったという相手の持ち物などからその富裕さを推し量り、「警官と、怪しい男」というところから一歩踏み込んで、眼の前にいる男が西部で成功した人物ということを理解した表明であり、それに対する男の安堵や自尊心をくすぐられた感じのまじった気安い態度でのYou bet! のニュアンスを残したい。というところ。ここでは「お見立てどおり」→「ご明察」としてみた

The policeman twirled his club and took a step or two.

訳:警官は警棒を回して一歩二歩と歩き出した。

しろうと翻訳者の理解(あるいは誤解、無知無理解):とくになし

"I'll be on my way. Hope your friend comes around all right. Going to call time on him sharp?"

訳:「仕事に戻るとしよう。友達が間違いなく来てくれるといいね。待つのは時間ちょうどまでかな?」

しろうと翻訳者の理解(あるいは誤解、無知無理解):とくになし

"I should say not!" said the other. "I'll give him half an hour at least. If Jimmy is alive on earth he'll be here by that time. So long, officer."

訳:「まさかそんな!」と、相手が言った。「少なくとも三十分は待つよ。ジミーが生きてるならそれくらいまでには来るだろうからね。それじゃあな、お巡りさん」

訳の意図:half an hour これを「半時間」と訳した人はいなかったと思う。「三十分」である。となれば僕としてはあまのじゃくに「半時間」と書きたい気持ちもあったのだが、この「はんじかん」という音は「さんじかん」と近すぎる。もちろんブログに投稿する文章であり、朗読されるわけでもないから誤解を生じさせる余地はないが、ここは断念した

"Good-night, sir," said the policeman, passing on along his beat, trying doors as he went.

訳:「では失敬、いい夜を」警官はそう言って見回りに戻り、戸締まりを確かめつつ去っていった。

訳の意図:警官が市民に対して言う sir は難しい。sirはかしこまった最上級の呼びかけであるが、ごく日常でも、また冗談めかしたニュアンスで使われることもある。日本語で「旦那」とか「社長」とかいうような? しかし日本で警官が成人男性に向かって「旦那」とか「社長」とか言うようなことはちょっとないだろうから(「お父さん」とか「お兄さん」ならありそうかな)、そう書いては違和感のほうが強くなりすぎるだろう

そこでsirを「失敬」というわりあい丁寧な辞去のニュアンスをこめたものと取り、Good-night の「いい夜を」と組み合わせて体裁を整えた。Good-night を直訳して「おやすみ」とする先訳もあったが、この二人はすぐに寝るわけでもない。ここでの警官は人待ち男の事情を了解し「やがて来る友人と感動の再会をして楽しく過ごすことになる眼前の男、第三者の自分はそこから離れる」といった立ち位置になるので、このようにした

There was now a fine, cold drizzle falling, and the wind had risen from its uncertain puffs into a steady blow. The few foot passengers astir in that quarter hurried dismally and silently along with coat collars turned high and pocketed hands. And in the door of the hardware store the man who had come a thousand miles to fill an appointment, uncertain almost to absurdity, with the friend of his youth, smoked his cigar and waited.

訳:いまやすっかり冷たい霧雨が降りしきり、吹くや吹かずやほどだった風もだいぶ強くなっていた。ごくまれにある通行人は陰気に押し黙って外套の襟を立て、ポケットに手を突っ込みながら急ぎ足で通り過ぎていく。若い日に友人と交わしたあやふやで無茶な約束のために、はるばる1000マイルかけて金物屋の前に立つ男は、それでも葉巻をくゆらせながら待っていた。

しろうと翻訳者の愚痴:man who had come a thousand miles to fill an appointment, uncertain almost to absurdity, with the friend of his youth, smoked his cigar and waited. め、め、めんどくさい文じゃのう…

About twenty minutes he waited, and then a tall man in a long overcoat, with collar turned up to his ears, hurried across from the opposite side of the street. He went directly to the waiting man.

訳:それから二十分ほど彼が待っていると、裾の長い外套の襟を耳まで立てた背の高い男が、通りの向かいから足早にやってきた。彼は人待ちの男にまっすぐ向かってきた。

訳の意図:前段から一転、とくになし

"Is that you, Bob?" he asked, doubtfully.
"Is that you, Jimmy Wells?" cried the man in the door.

「お前かい、ボブ?」彼は疑わしげに尋ねた。
「そういうお前は、ジミー・ウェルズ?」戸口にいた男が叫んだ。

訳の意図:双方が「Is that you?(お前か?)」と呼びかけているが、同じにしても芸がないので「お前かい?」「そういうお前は…?」と言葉を変える意訳をした

"Bless my heart!" exclaimed the new arrival, grasping both the other's hands with his own. "It's Bob, sure as fate. I was certain I'd find you here if you were still in existence. Well, well, well!—twenty years is a long time. The old restaurant's gone, Bob; I wish it had lasted, so we could have had another dinner there. How has the West treated you, old man?"

訳:「なんてこった!」いま来た男が、相手の両手を取って叫んだ。「こいつはたしかにボブだ。お前が達者なら、ここで会えるって考えたのは間違いなかった。よしよしよし! ――二十年といえば長い時間だからな。あのレストランはなくなっちまったよ、ボブ;まだあればよかったんだが、そうすりゃまた一緒にここで夕食にできたのにな。それで西部のもてなしはどうだったい、相棒?」

訳の意図:感動したふうの Well, well, well! を日本語にどう当てはめればよいのかわからぬ。「よしよしよし!」と興奮した感じにしたが、ちょっと自分でもうまくないと思う。ただこの興奮は「わざとらしさ」を相当含んでいるはずなので、これでいいのかも

また、The old restaurant's goneを「あのレストランはなくなっちまったよ」というのは普通すぎる訳だったかもしれない。そう言ってる男は二十年地元に住んでいるわけだから、もっと踏み込んで「あのレストランは潰れちまってさ」とかでもよかったろうか

How has the West treated you, old man? 「西部はお前をどう取り扱った?」という、日本語ではあまりなさそうな言い方。それを残し、西部を擬人化して「西部での二十年はどんな具合だったか」というところを「西部はお前をどのようにしてくれた?」的に訳した。あと、old manは「古き友よ」とか「旧友」とかはわざとらしすぎるので、普通にくだけた感じで

"Bully; it has given me everything I asked it for. You've changed lots, Jimmy. I never thought you were so tall by two or three inches."

訳:「すばらしいもんさ;俺が欲しいものは何でもくれたよ。お前ずいぶん変わったな、ジミー。お前が俺より二、三インチも背が高くなってるなんて考えもしなかったぜ」

訳の意図:ジミーの問いかけが西部を擬人化していたので、回答するボブもそれに準じさせた。西部という名の女を攻略した男みたいな感じか

"Oh, I grew a bit after I was twenty."
"Doing well in New York, Jimmy?"

「ああ、二十歳を過ぎてもちょっとばかり伸びてな」
「ニューヨークでうまくやってるか、ジミー?」

"Moderately. I have a position in one of the city departments. Come on, Bob; we'll go around to a place I know of, and have a good long talk about old times."

訳:「まあまあさ。いまは市役所づとめなんだ。さあ来いよ、ボブ;俺の行きつけで昔の話をいろいろしようじゃないか」

おぼえがき: I have a position in one of the city departments. 「市役所にポジションがある」 ニューヨーク市職員は「成功」した部類に入るのだろうか…堅実というだけかな

The two men started up the street, arm in arm. The man from the West, his egotism enlarged by success, was beginning to outline the history of his career. The other, submerged in his overcoat, listened with interest.

訳:二人の男は腕を組んで通りを歩き始めた。西部から来た男は成功によってうぬぼれがふくれあがり、おのれの成功譚のあらましを語り始めた。外套に身を隠すようにしているもう一方は、興味深げに耳を傾けていた。

訳の意図: beginning to outline the history of his career. 「キャリアの沿革の概要を説明しはじめ~」(どういうふうに成功を掴んでいったか)というわけにはいかないので「成功のあらましを語りはじめ~」に意訳した

At the corner stood a drug store, brilliant with electric lights. When they came into this glare each of them turned simultaneously to gaze upon the other's face.

訳:街角に電灯を明るく照らす薬屋があった。そのまぶしい光の中で、二人は互いに相手を見ようと顔を向けあった。

訳の意図: drug storeは「ドラッグストア」でもいいのだろうか。でもそうなるとマツモトキヨシとかを連想させてしまいそうだ。営業しているというわけではなく、単に電灯が眩しく光っているだけだろうと思う。そうでなければこのあとの一悶着で野次馬が出てきてしまう。どうなんだろう

The man from the West stopped suddenly and released his arm.

訳:西部から来た男が突然立ち止まり、組んでいた腕を払いのけた。

"You're not Jimmy Wells," he snapped. "Twenty years is a long time, but not long enough to change a man's nose from a Roman to a pug."

訳:「てめえがジミー・ウェルズなもんか」彼は怒っていた。「二十年は長い時間だが、鷲鼻が獅子鼻になるわけがねえ」

訳の意図: he snapped. 「彼は鋭く言った」なので、「怒っていた」は意訳。

Twenty years is a long time, but not long enough to ~ も、「20年は長いが鷲鼻を獅子鼻に変えるのに十分な長さではない(んなわけねーだろ)」と皮肉っぽい言い回しで訳すところだが、なんとなくそこは無視して単純に「鷲鼻が獅子鼻に変わるはずがない」にした

"It sometimes changes a good man into a bad one," said the tall man. "You've been under arrest for ten minutes, 'Silky' Bob. Chicago thinks you may have dropped over our way and wires us she wants to have a chat with you. Going quietly, are you? That's sensible. Now, before we go on to the station here's a note I was asked to hand you. You may read it here at the window. It's from Patrolman Wells."

訳:「時として善人を悪人に変えることはあるのにな」背の高い男は言った。「お前はもう十分前から逮捕されているんだぞ、“シルキー”ボブ。シカゴじゃお前がこっちにくるかもしれんと伝えてきていたんだ、話があるってな。おとなしく来るか、どうだ? よし、利口だな。それはそうと、この手紙は署に着く前にお前に渡してほしいと預かったものだ。この窓のところで読めるだろう。ウェルズ巡査からだ」

しろうと翻訳者の理解(あるいは誤解、無知無理解): 「シルキー」のニュアンスは不明。「口がうまい」「人当たりがよい」あたりだとすれば、詐欺師かなにかだったのではないか。警官に対してペラペラ説明してたし、よくしゃべる人という感じはする

The man from the West unfolded the little piece of paper handed him. His hand was steady when he began to read, but it trembled a little by the time he had finished. The note was rather short.

訳:西部から来た男は渡された小さな手紙を開いた。彼の手は読み始めはしっかりしていたが、最後のほうには少し震えていた。手紙はずいぶん短かった。

訳の意図: The note was rather short. この rather が、この結末の肝になっているように思える。原語で考えるとこのratherは「二十年の空白を乗り越え(いちおうは)通じ合っていた友情」と「思いの丈を(そうとは知らずジミーに)語り尽くしたボブ」に対する返歌としては「どちらかといえば/むしろ短かった」という感じか。とはいえ、これを「手紙はむしろ短かった」というのは、やや唐突感があるので、ニュアンス重視で「ずいぶん(ratherの持つ“いくぶん” “やや”の程度を引き上げた)」にした

Bob: I was at the appointed place on time. When you struck the match to light your cigar I saw it was the face of the man wanted in Chicago. Somehow I couldn't do it myself, so I went around and got a plain clothes man to do the job.
JIMMY.

訳:「ボブへ:俺は時間通り約束の場所にいた。君が葉巻に火をつけようとマッチを擦ったとき、俺が見たのはシカゴでお尋ね者になっている男の顔だった。どうしても自分ではできそうになかったから、見回りにもどってから私服刑事を捕まえ、仕事を頼むことにしたんだ。 ジミーより」

訳の意図: I went around and got a plain clothes man ここを「署に戻って私服刑事に~」とする訳もあったが、そこまでは言っていないように思う(それとも、 I went around and [ back to the police station,] ~ということだろうか)。そのへんでそうそう都合よく私服の同僚を捕まえられるかというとそれもどうだろうという気もするが

まあとりあえずここでは「署に戻って」は採用せず、「見回りに戻ったら同僚がいたので」ということにした。「そこでいったん署に戻った」だと逮捕する気満々すぎるので、「友情と良心の間で色々悩みつつ歩いていたら、(ひょっとしたら「友人との二十年ごしの再会」のことも知っており、ある程度説明も省ける)同僚に出会ってしまったので、それが神の答えなのだと覚悟を決めた」ぐらいの感じでどうか(完全に妄想です)

また、偽ジミーはボブを「お前」呼ばわりしたが、本物のジミーは「君」と呼ぶ…というのも特に根拠があってそうしているわけではなく、訳者が勝手にしていることである

 

 

初めて読んでからそれこそ二十年くらい経っているが、じっくり読んで見るとなんとまあ悲しい話である。

 

ボブの、親友ジミーに対する不変の思いが、このような結果をもたらした。おそらくボブは西部で財産は手に入れたかもしれないけれども、誰かにとってのジミーを足蹴にしながら生きてきたのではないかと思われる。そんな自分を、「まっすぐで、いいやつだった」という友人が受け入れてくれるなどと思ってしまった。

 

破滅するべくして破滅したと言うべきだろう。自分はもう死んだことにして、約束を反故にしていれば…。彼はなぜ戻ってきたのだろうか。本編での様子から、自分の成功した姿を見せたいという虚栄心があったという可能性はありそうだ。一方で、ことによると手配されて先がないことを気づいて、せめてあの約束を果たそう、という考えだったかもしれない(まさかその約束の相手まで警官になっているとは思わずに…)。

 

ここはツッコミどころでもあるのだが、警官の声を聞いた時点で、あるいはもうちょったやり取りしたあとででも、ボブがジミーに気付いていたらどうだったろうか。物語は基本的にボブが感情移入の対象だと思うが、ジミーはジミーでつらい立場である(ジミーは卑怯だという意見もあるらしい)。ちょっとけなされもしたが、ボブは熱心にジミーを称える。それはまあ、ボブ自身の「自分にはこんな素晴らしい友人がいる」という第三者への自己顕示ではあるかもしれないが、本人を前に本人と気づかれずに褒めそやされる気分。しかももうその時点で、かつての友人がお尋ね者と気づいているのである…